近所の眼鏡市場で遠近両用眼鏡をつくった

megane enkin

徒歩圏内に眼鏡市場ができたので気になっていた。

行きつけの眼鏡店は車でないと行けないし、店員がしょっちゅう変わる。取り立ててひいきにしようという気にならない。丁寧な対応が評判の店なんだけれど、中近両用眼鏡を作ったときは相性が悪かったのか、どうにも要領を得なかったので、どうせなら近所のほうがいいと様子を見に行った。

話しやすくて親切な眼鏡店員でないと

客商売の店員で感じが悪いというのは滅多にないが、ビジネスライクで表面上間違いがないだけという人は少なくない。

それがいけないなんてけっして思わない。店員の気持ちはわかる。

でも、引っ込み思案で人見知りをしてしまい、初めての人とは思うように話せないわたしなんかは、ちょっと話しづらいと感じると、きちんと意思を伝えられないままいい加減な対応をしてしまった挙句、またピンとこない眼鏡を作ってしまいそうだから困るのだ。

50代の眼鏡は老眼が入って調整がめんどくさい。どこをどう調整すればいいのかさえわからない状態である。若い頃のように簡単にはいかないのだ。眼鏡の具合が悪いと毎日の生活に直結するのでいい加減にはできない。しかも安くない買い物である。できれば話しやすく親切な店員がいいと思うのは贅沢だろうか。

わたしはこれまでのピンとこない眼鏡のいきさつをザっと話しながら相手のようすをうかがった。つまり中近両用眼鏡を作ったものの、テレビも見づらい状態で我慢ならず、近眼用の眼鏡をもう一つ作るも、それでは当然手元が見えないことになって、眼鏡を掛け変えたり外したりしているという状況を説明し、手持ちの眼鏡を見てもらった。

我ながら不満話がつらつらとよくできた。なかなかの聞き上手である。

眼鏡の満足地点は多様

中近両用眼鏡はパソコン作業に向いている。というか、ほぼそれだけに特化していると考えたほうがいい。はじめから遠くは見えにくいようにできていることがわかっていなかった。

ところが、近視がさらに進んだのか、室内のちょっと離れたものまで見えにくいと感じるようになった。手元はよく見えるかと言えば、見えなくもないが、これも裸眼の方がよく見えるので外してしまうことも多く、わたしの中近両用眼鏡は、パソコンのとき以外、ほとんど役に立たない眼鏡だったのだ。

運転せず、ほとんど外出しないで屋内で過ごすなら中近両用眼鏡がいいと言われた覚えがある。

でも、遠くが見えにくいという欠点をよくわかっていなかった。うちは小さなテレビをそこそこ離れたところから見る。だから室内のテレビでさえ見えにくいということになったようだ。

また、遠くも手元もよく見えない中近両用眼鏡では掃除がまったくはかどらない。家事も断然遠近両用眼鏡のほうが向いている。しかし、残念ながら当時、そんなふうにアドバイスしてくれる人は誰もいなかったのだ。

店員によると、わたしの眼鏡は、中近両用というより、ほぼ度数の弱い近眼用眼鏡で、老眼用の度数はほとんど入っていないという。おそらく当時はまだ老眼が今ほど強くなかったのかもしれない。どうりで手元も見にくかったはずである。

たいていの場合、遠近両用眼鏡がひとつあれば何とかなるというか、それで何とか過ごしている人が多いのだそうだ。

遠くを見るときは眼鏡の上の方を覗き、手元は下の方を覗き込むようにするのは遠近両用眼鏡を活用するときならではの恰好で、年寄りじみて嫌がる人もいるかもしれないが、それで手元から遠くまですっきり見えるならわたしはそれに越したことはない。パソコンのときは眼鏡を上下させて好みの位置に調整すれば問題ない。眼鏡を変えたり外したりするよりよほど楽である。

遠近両用眼鏡と中近両用眼鏡を使い分けるのが理想らしいが、よほど神経質でない限り、そこまでする人は少ないそうだ。中には、そもそも両用眼鏡自体、歪んで見えるのが不快で使えないという人もいる。

どこで満足し、何が快適かはみな違う。話を聞いてくれて、いっしょに探ってくれる、忍耐強く親切な眼鏡店員と出会うのが何よりだ。

近くに話しやすい眼鏡店ができてよかった。眼鏡市場は値段も手頃でありがたい。

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