「くさい」と言われたときの嫌悪感はどこから来るか

kusai keno

消臭アイテムのCMがやたら目について、何だか気分が悪くなる。「くさい」ということばの連発と、不快な表情が見苦しいからだろうか。

「くさい」というのはもっとも言われたくないことばの一つかもしれない。

『日本人はなぜ臭いと言われるのか』

びっくりするようなタイトルの本を見つけた。販売戦略とわかっていても、何となく傷つく。

日本人はキスやハグといった習慣がないせいか、食生活のせいなのか、これまでデンタルケアにあまり気を使ってこなかったためだろうか、歯周病が多いという。そのことが日本人は臭いと言われる原因になっているようである。

「くさい」と言われて平気な人は多くない。だからそれぞれがそれぞれの環境で、でき得る消臭や清潔に心がけるのはマナーでありエチケットになっている。

ところが「くさい」と言われたくないと思えば思うほど、他者のにおいに敏感になるところがなきにしもあらずである。

「くさい」は思い過ごしか公害か

若い頃、歯科医院の受付をしていたとき、口臭が気になるという人が訪ねてきたことがあった。ところがその方は、歯磨きのようなさわやかな香りで、ずいぶん気を使っていることがうかがえた。

どこの病院に行っても、悪いところが見つからないという。どうやらドクターショッピングしているらしい。医師がどんなにからだやにおいに問題がないと説明しても、そんなはずはない、実際わたしはくさい、と言って引き下がらない。おとなしい感じの人だったが、忘れられないできごとだった。

そのときはじめて、自臭症という病気があることを知った。

もう一つ、においで思い出すことがある。それは、バスじゅうに異様なにおいを発する男性と、たびたび通学でいっしょになるのが苦痛でたまらなかった経験だ。もしかしたら病気だったのかもしれない。外見は清潔な感じのごくふつうの男性だった。病気だったら気の毒だと思いながらも、耐え難いにおいだったことを覚えている。

腐った食べ物のにおいをかいで、思わず「くさい」と言ってしまうことがあるけれど、「くさい」というのは、本当にくさいからといって、気軽に口にできない難しさがある。

とはいえ、においが公害になることもある。当事者がくさいことに気づかない場合も少なくない。自分の家のにおいがわからないように、においは慣れてしまうと感じにくくなるからだ。

からだの悪臭は、体調不良のあらわれだという人もいる。

くさいときはくさいと伝えた方がいい場合もありそうだから難しい。

「くさい」が言いにくい理由

「くさい」と言われた時の嫌悪感は「くさい」という言葉の中に、単なるにおいだけではない差別的な嫌悪を感じとってしまうからかもしれない。そんな言葉を言われて気持ちいいはずがないのである。

だから「ちょっとにおいが強いので」とか「ちょっと空気が悪いので」とか、あるいは「体調が心配」と前置きをしてからにおいについて伝えるなどの配慮が必要な気がしている。

ところで、かつて外国人のたばこのにおいや体臭にびっくりしたことがあった。慣れないにおいには敏感になるものらしい。

確かに、くさいのを我慢する方もつらい。口臭にがっかりして距離をおきたくなることもあるだろう。でも、それがもし好きな人だったらどうだろう。むしろ好ましく思うことがあるかもしれない。

実際に女性は、相性のいい男性の体臭を好ましく感じるという。においというのは案外いい加減なもので、かなり個人差がある。実際にはにおわないのに、くさいと感じる病気があるくらいである。

それに「くさい」と言うのは一筋縄ではいかない。「くさい」と言われたところで、その場ですぐどうにかできるものではないからだ。つまり「あっち行って。」と同じ意味になりかねない。その場限りの間柄なら「くさい」とわざわざ告げるより、我慢するほうが無難である。

問題は我慢できないときだ。わたし自身「くさい」と言われたらショックである。どうすればいいかわからなくなるかもしれないし、恥ずかしくなって相手を恨むかもしれない。その一方、迷惑をかけているなら、率直に言ってほしい気もする。できればいっしょに対処方法を考えてほしいと思う。

「くさい」はこのように、言うも言われるも、まったくおもしろくない言葉になってしまうことがあるのだ。

今後「くさい」と言われたときは、言いにくいことを言ってくれる人は貴重な存在であると思うほかない。

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