生活水準は下げられるか

seikatsu suijyun

生活水準とは、ある国・社会階層などに一般的な消費生活の程度。その国民や社会階層の平均所得によって購買され得る財貨やサービスの量によって測定される。生活標準。

身の丈に合った生活をしようと思っても、テクノロジーが進化しているからなのか、資本社会のせいなのか、一般的とされている生活コストは上がり続けている。

家電のない昔の生活には戻れない!

先日突然、エコキュートが壊れてお湯が使えなくなった。幸い一日で復旧したが、あらためて、あらゆるものに寿命があることを思い出させるできごとだった。

ときどき不穏な動きを見せる2010年製の洗濯機を危ぶんでいたら、20年ほど使っていた電子レンジが突然静かに息を引き取ったばかりだ。2002年の冷蔵庫はいつ止まってもおかしくない。

いずれもなくてはならなくなってしまった家電たちだが、買い換えるとなったらたいへんな支出で頭が痛い。

テクノロジーに頼るべきところを見極めたい

スマホがあれば、固定電話やテレビ、パソコンもいらない。車も家も、ついでに家族もいらないという人までいるという。

必要なものは持たずに借りるスタイルが人気なんだとか。でも借りるにはお金がいる。持たなくても、借りてしまったら生活水準は下がらない。

この前、働いているにも関わらず、家賃の高騰でホームレスになる労働者が増えているアメリカの現状が紹介されていた。日本でも、車を家にして暮らしている高齢者が増えているという。自分だけはどうにかなりそうだと思いたいところだが、そんな保証はない。

生活水準は、テクノロジーの依存度に比例する気がしている。

「身の丈に合う生活」とか「小さな暮らし」と言えばきれいだが、これは生活水準を下げること、つまりは不要なテクノロジー依存をやめて消費を減らすことだ。何も昔のような暮らしに戻ることとは限らない。でも、その覚悟がわたしにはまだ足りない。その選択や判断がかんたんではないからだ。

いつでも生活水準が下げられるのは、素晴らしいスキルかもしれない。

持っているものはもちろん、からだを壊さない程度や人目が気にならない程度というのはひとりひとり違う。環境やコンディションも日々変化する。だから世間でいう「みんな」とか「一般的」な情報ほど当てにならないものはない。

自分で試行錯誤しながら判断するよりほかに生活水準をコントロールする方法はないのだ。

そのうちどこかの優秀なAIが、わたしの環境やコンディションまで計算に含めて、最適な答えをはじき出してくれるようになるかもしれない。それを楽だとありがたがってお金を支払うような、そんな未来がすぐそこまで来ているようだからこわい。

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でも、自分だけの事情や周囲との複雑な関係に答えのない折り合いをつけていくのが生活なのかもしれない。

ひとつひとつ、身に余るものを見つけて取り除いていきたい。

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