今年の町内会の役員は地域の福祉部員を兼任している。福祉部は、小学校のPTA役員と共に、夏休みラジオ体操を運営するという。
そんなわけで夏休みラジオ体操の当番が回ってきた。
昭和と変わらぬ小学生の風景に感慨
そういえばPTA役員のときもラジオ体操の当番があったっけ。もう15年以上前のことだ。はたしていまどきの子どもたちは、こんなイベントに参加するんだろうか。去年はコロナで中止だったらしい。高齢者しか集まらなかったりして、などという心配は無用だった。
ニュースが終わり、ラジオ体操の番組が始まると、どこからともなく子どもたちが集まってきた。数十人といったところか。ぶら下げたカードを見ながら、おもむろにラジオ体操の歌をうたい出す。どうやらカードに歌詞が書いてあるらしい。律儀なマスク越しに、元気がいいとはいえないけれど、ラジオにつられてうたう姿が健気で愛らしい。
てんでばらばらだった子どもたちがいっせいに立ち上がり、いよいよ体操が始まった。子どもたちの動きは心もとなく、なんだかあやしい。ラジオ体操をよく知らないのだ。そこはいまどきの子どもらしい。
当番のわたし、子どもたちの前だというのにこれまたいい加減。とくに第二はほとんど覚えていない。いつも参加しているらしい年配の人の動きをワンテンポずれながらあわてて真似る。そんなたよりないわたしの動きを子どもたちが真似る。ちゃんとした手本がないんだから、子どもたちがいつまでたっても覚えられないのも無理はない。ぎこちない体操に思わず笑みがこぼれる。昭和のころは、完璧なラジオ体操のできる人がもっとたくさんいたよなあ。
でも、なんだろうこの感じ。わたしが子どもの頃と変わらない懐かしい夏休みの風景ではないか。
体操が終わると、子どもたちはいっせいにカードを前につき出して列になった。そうして出席のはんこを押してもらった子どもたちは、あっという間にいなくなった。
夏休みのラジオ体操なんて大嫌いで、ろくに参加してなかったなあ。
それなのに今はなんということか。ただただかわいい。年をとったとつくづく思う。
できる人ができることを分かち合えたら
前日に当番からラジオを受け取り、当日次の当番にラジオを渡すので、ラジオ体操には二日参加しなければならない。「めんどくさいなあ」と思っていたが、参加してみたら子どもたちはかわいいし、案外楽しかった。
出勤前にいっしょに参加した配偶者は、当番でない福祉部員の人がけっこう参加していてびっくりしたという。ふだんから子どもたちの登下校の見守りなんかもボランティアでつとめてくれている人たちもいて頭が下がる。
年々、そうした担い手も減っているそうだ。高齢化ということもあるが、年をとっても仕事をする人が増えているからだという。
元気なうちはみんな働かなければならなくなってきた上に、地域の人は減る一方である。こんなときだからこそ、できる人ができることを分かち合って助け合うコミュニティって大事だなあとつくづく思うのだった。
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