追い込まれ片付け

oikomare katazuke

片付けようと思っていたわけでもなく、とくに片付けたかったわけでもないのに、探し物をしている途上、仕方なくというか、便宜上片付けざるを得なくなることが続いてほんとに情けない。

そんな調子で、やろうとしていたことが何だったのかも忘れるほどに、目先のモノを片付けるのに無情に時間が過ぎていく。

ここのところ、そんな毎日が続いていた。

気になっていた紙類。気づけば山のよう。

わたしはどちらかと言えば捨てるほうである。うっかり捨てて失敗することもあるぐらい。この頃は管理に自信がないので、なるべく持ち物は減らしたい。

でも、記録するのが好きなので、領収書やちょっとおもしろかった新聞記事とか、後でゆっくり見ようと思ったものなど、つい置いておく癖がある。実際役に立つこともあるから困る。

けど十年に一回くらい、肝心のものが見つけられなくなって大騒ぎになったあげく、追い込まれて片付けすることになるのだ。そのたび、整理の仕方をよりよくしようと変えてみるのだけど、いまだにしっくりこない。

ただ十年は長過ぎた。中身で取捨選択するより、期間を決めて断捨離したほうがよさそうだ。古いものはおもしろいかもしれないが、ほとんど見ない。

あとでまとめてはできなくなったから

掃除も片付けも、まとめてするのがおっくうになった。ちょこちょこまめにするほうがまだできそうなのだ。そうすると、めんどくさいことは続かなくなる。かといって、箱やファイルに投げ入れておくようにすると、数年そのままになって、そのうちわけがわからなくなるということがわかってきた。高齢者がいつの間にか自宅をゴミ屋敷にしてしまうのもわかる気がする。

そんなわけで、一年ごとに分けて整理し、保管は7年と決めた。箱やファイルに入れておしまいにしていたのがいけなかった。自動的に処分するところまで考えておかないと、瞬く間にため込んでしまう。

集めるのはいいのだが、管理しきれず、どこに何があるのかわからなくなり、必要な時に探し回って結局見つけられないときの口惜しさときたらない。むしろ間違って捨ててしまったときのほうがすがすがしいくらいである。

毎日ちょこちょこできることは限られている。管理能力も劣化する一方だ。そう考えれば、何でも持ちたがることもなくなるというものだ。

気になっていた紙の片付けが一段落し、きょうは少しだけ気分がいい。追い込まれて片付けるのはこれで最後にしたい……。

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