勘違いとエビデンス

kanchigai

ダイアモンド・オンラインの

「コロナ収束は日本人のマジメさや清潔さのお陰」という勘違いの恐ろしさ(窪田順生)

という記事がおもしろかった。

日本が経済大国になった理由

コロナが落ち着いたのは、日本のマスク文化と靴をぬぐ生活習慣、あと同調圧力の影響かなぁ、などと勝手に思っている。東アジアの中では日本は優秀でも何でもない。実際医療はひっ迫し、崩壊していた現場もあったのに、すぐ忘れそうだからコワイ。

でも「頑張ったよね」と励まし合うのは悪いことではないと思う。でも精神論的なことばっかり言ってると、調子に乗って過去の失敗はなかったことになりそうだ。

コロナの件とは別に、わたしが一番びっくりしたのは、日本はたまたま人口が多かったから経済大国になったというところだ。これはわたしも勘違いというか、無知だった。

『新・観光立国論』(東洋経済新報社)などで知られる元ゴールドマンサックスのアナリスト、デービッド・アトキンソン氏の分析が有名だが、基本的な国民の教育レベル、産業の成熟度などにおいて大きな開きのない先進国のGDPは、人口の大きさときれいに比例している。だから、ドイツの人口を上回って世界で2番目に人口の多い先進国となった日本は、世界第2位の経済大国となったのである。

勤勉さとか、手先の器用さとか、高い技術力とか、いっさい関係なかったかどうかは知らないが、こういうことだったとは。人口減少で落ち目が顕著な今の日本を見ると、とっても説得力がある。

数は力というのは、どこかで聞いたことがある。それをよく知るフランスは、日本より熱心に少子化対策に取り組んで成果を上げたという。一方の日本、過去の栄光を勘違いしたまま、何をするでもない感じである。今回のコロナ禍と似ている。

精神論もエビデンスも

岩田健太郎医師「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」【緊急連載】

「8割おじさん」で有名な西浦医師は、感染症数理モデルを扱える日本では唯一の専門家ということで、今回たいへんな活躍をされた一方、批判にもさらされているようだ。

そんな中、岩田医師は西浦医師の貢献は大きいと述べている。

これまで日本の感染症対策は、現実・データ・ファクト・サイエンスをもとに考えることがなく、観念や手続き、形式が優先されていたという。それを西浦医師は、データやモデルを活用し、それをもとにした推論を根拠にしたエビデンスに基づく医療政策の流れを作ったからだ。

多様な専門家からの分析や批判が行われるのは素晴らしいこととした上で、岩田医師は

提唱する仮説が事後的に正しかったか、間違っていたかという側面において人物を評価することはナンセンスだ

という。

「あの人が悪い」「あの人が間違っている」といった人物攻撃に終始して、それがさもエビデンスの検証や批判を行っているつもりでいるとすれば、これもまたとんでもない勘違いかもしれない。

こうして議論できるようになったのは、西浦医師がモデルを提示したからである。

それまでは目標や理由を説明しないので、失敗や間違いを指摘されることもないし、適切で問題なかったといくらでも言えるような状態だったというのだから、やはり西浦医師のやったことは、大きな前進だったのだ。

というわたしも、エビデンスとやらにはまだ不慣れ。よくわからない数値をそのまま信じて、後から違ったと言われれば、何だか裏切られたような気がしている。判断するには多少学びが必要なところも敷居が高い。その点、精神論は感情的で簡単でわかりやすい。

エビデンスが精神論に負けないほどなじんでくるには、もうしばらく時間がかかりそうだ。

しかし、精神論というのは、どうも都合のいい勘違いリスクが高い傾向がある。病みそうになる心のバランスをとろうとして、そもそも偏るものなのかもしれない。だからこれはこれで、きっと必要なこともあるのだ。とはいえ毎度毎度、勘違いして失敗するというのは避けたい。

こうした勘違いを気づかせてくれるのがエビデンスではないか。

これからは精神論もエビデンスも、両方釣り合いよく、暮らしにうまく利用していく時代なんだと思う。

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