友好的な協力者を増やす人づきあいの始め方

hitozukiai hajimekata

えらいてんちょうさんの「しょぼい起業」では、友好的な協力者をいかに持つかが重要なポイントになる。

人づきあいなんて、気を使うわ、お金を使うわで、断捨離対象ぐらいにしか思っていなかったのだけれど、考えてみたら、わたしには断捨離するほどの人づきあいがない。

むしろ人づきあいをしなくちゃいけない、と今さらながら思っているところなのだ。

嫌なことや無理なことはしたくない。どうすれば友好的な協力者を増やせるか、考えてみた。

話しかけられやすい人になる

何となく話しやすい人がいる。

わたしでも話やすいと感じる人は、わたしのほかにも話しやすいと思う人がいるようで、どうも知り合いが多い気がする。

そういう人のとくちょうは、特別な能力があるというより、人柄がいいとか、親切とか、感じがいい、頼みごとをしやすい、といった漠然とした印象だったりする。

しょぼてんさんは、店の周りをせっせと掃除したり、近所の草抜きをする、といった姿勢が大切だという。

そういえばわたしも、玄関回りの掃除や庭仕事をしていると、かならず誰かに声をかけられる。以前はそれが嫌で、だんだん外に出るのがおっくうになったものでした。

考えてみれば、自分から声かけできないわたしに、相手から声をかけてもらえるなんてありがたいことです。

とりあえず、せっせと外回りの片づけに励んで、話しかけられやすい人になってみようと思う。

人を選ばない

人づきあいがなければ、もめごとがない。これほど気楽なことはないと思っていた。

ただ、みな同じように社交的になる必要はないと思うけれど、誰でも友好的な協力者がいたほうが生きやすいに違いない。

でも、世の中気が合う人ばかりではない。もめたくないし、不満や我慢がつのるというのも困る。それでなるだけ気の合う人とだけつき合えたらいいのに、などと思うのだけど、これがけっこうわからない。

障害者や不登校、育児中のママといった似た立場の人同士のつき合いは確かに話しやすい。けどそこだけでとどまっていても行き詰る。

なぜなら一般社会とつながってない人はいないから。協力者はどこにでもいたほうがいいに決まっている。人とのかかわりは、多重層であるほどメリットが大きい。

だから知り合うチャンスがあるなら「来る者拒まず、去る者追わず」でいい、と思う。

もめないようにするのではなく、もめてあたりまえぐらいの覚悟も必要だ。

もめごとは、そのつどまじめに対処するしかない。そのめんどうな積み重ねが充実したかかわりとなって返ってくるかもしれない。

どうしても合わないときは、どちらかを屈服させるような解決ではなく、お互いに距離をとり、しんどいつき合いはしないと割り切る。なんてうまくいけば、誰も悩まないのだけど。

あんな人がいい、こんな人は駄目、と人を選ばず、誰かしら協力してもらえる人が入れ代わり立ち代わり存在するというのが理想。

ひとりひとりいろんな事情を抱えて、みんな懸命に生きてるってことだけで、助け合えるといいな。

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