おとなになって友だちできた?

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学校を卒業して、おとなになってからできた友だちはいますか。

今もときどき会う友だちはいますか。

友だちとお金の貸し借りはしますか。

友だちづきあいと人づきあいは、何が違うんだろう。

学校時代に仲良しだった友だち

学生だった頃は、それなりに仲のいい友だちがいました。

プライベートでも会うのが友だちで、学校でしか会わないのがクラスメートという違いがありました。

そんな友だちも、クラスが変わったり卒業して、学校でも会わなくなると、自然消滅してしまいました。

会わなくなったら疎遠になる関係

幼稚園で知り合ったママ友の中には、仲良くなった友だちもいました。それでもやっぱりだんだん会わなくなって疎遠になりました。

おとなになってから知り合った人とは、なかなか親しくなれず、友だちにはなれないままです。

こうしてみると、わたしは学校や職場など、定期的に顔を合わせる機会がないと友だちができないようです。また、会わなくなると、友だち関係も消滅してしまうみたい。

こんなふうに、会わなくなったらたちまち疎遠になってしまうような間柄は、そもそも友だちとは言わないのかもしれません。

とすれば、わたしってほんとに友だちがいない。

50代以降になると、家庭や仕事が落ち着いて、同窓会が増えるというけれど、急に人恋しく寂しくなるという理由もあるそうです。

わたしは、地方に住んでいることもあって、同窓会にも出席したことがない。きっと誰にも誰だかわかってもらえないと思う。

かつては友だちだったとはいえ、なんの音沙汰もなければ、関係が途絶えてしまうのも無理はない。

先日、数年ぶりに幼なじみと連絡を取り合った。お互いのことを一番知っている間柄だから一番めんどうがないと思っていたけれど、近況は知らない。

家族のことや仕事のことを根ほり葉ほり聞いていいものか。あれこれ自分の近況を話して、めんどうに思われないか。そんなことを考えていたら、つい億劫になって、近々電話で話そうと言いながらそのままになっている。

理想の友だち妄想

マウントを取りたがるマウント女子ということばがあるのを知った。

マウント女子とは、何かと優位に立ちたがる女子のことをいうらしい。おもしろい表現で感心した。

SNSがなかった頃はまだよかった。

さりげなく裕福さをアピールしたり、彼や夫、あるいは自分の職業自慢が常套手段。上級者は、悩みや愚痴風に見せかけつつ、さりげなくマウントをとるとかなんとか。

自分の立ち位置を何とか確立しようとがんばらないと、居場所がなくなる恐怖感があったりするんですよね。

友だちがいないわたしが言っても説得力ないですが、こうした権力争いから離れ、貧富や容姿や育った環境の差も関係なく、違いを隠したり恐れたりしない、対等で楽しい友だち関係というのは、マレかもしれないけどあると思う。

で、そういう友だち関係は、またいつ会うことになっても、何話せばいいかなんて困らなくて、疎遠になったからといって、消えてなくなることもないのではないだろうか。なぜなら、誰にとっても一番ラクな居場所になると思うから。

多様性が余裕のある人の特権になってきているという人もいるけど、違いをおもしろがる余裕は、必ずしも経済的な余裕から生まれるものではない気がしている。

ついやってしまうマウント争いから、まずは離れることが大事なのかも。

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