『チョンキンマンションのボスは知っている』を読んで

dokusyo200715

『チョンキンマンションのボスは知っている』は、香港のタンザニア商人たちの話だ。この本は、星野智幸氏のコロナ禍読書日記(朝日新聞)で知った。

コロナのおかげで、人との距離のとり方がますますわからなくなってきた中で、星野氏は「人を決めつけない」姿勢がコロナ後の社会を作る鍵になると述べている。

それを驚くべき形で実践しているのが、小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている』に登場する、香港のタンザニア商人たちだ。容赦ない騙し合いのアングラ経済の世界で、どんな仲間も信用しない、けれど助け合う姿が、活写される。互いに踏み込みすぎず、貸し借りの感覚を曖昧にすることで、力関係を対等に保ち、だからこそ機能する助け合いのシステムを築いている。

読んでみたくなった。

タンザニア商人たちの驚くべき暗黙のルール

どこにも独自のルールはあるものだ。

チョンキンマンションというのは、タンザニア商人たちが拠点にしている香港のマンションのことである。ここに集うタンザニア人たちの事情はさまざまだが、みな基本的には一攫千金をねらって香港に来ている。

違法な取り引きをする裏の顔を持つ者も少なくないという。誰がどんな仕事をし、どんな暮らしをしているかについては、互いに干渉しない。互いに用心し合って信用しない。

というのも、とくに商売ではライバルで、同じタンザニア人どうしでも騙したり騙されたりするのは日常茶飯事だからだ。集って情報交換はするものの、互いに本性は見せないし、干渉しないのが暗黙のルールになっている。

ところが、商品や商売のアイデアは、騙し合ったり奪い合ったりしてとことん競争するのだが、他人の顧客を奪ったり、知人を騙すようなことはしない。

そんなことをすれば、いっぺんにその界隈で信用を失い、商売できなくなるからやらないというのである。だから顧客を奪って騙すようなことをしでかす者は、そのまま逃亡していなくなってしまう。

著者もまた、チョンキンマンションのボスの友人として、顧客として、出会ったタンザニア人たちに、いろんな世話をしてもらったと述べている。

どんな人も請われれば助ける仕組み

チョンキンマンション界隈に集うタンザニア人たちの助け合いシステムには驚かされる。

タンザニア人たちは、どんな仕事をしたどんな生活ぶりの者であっても、請われれば助けるのだ。そのために必要になる人手や資金を集める段取りの良さには感心を通り越して敬意を表す。

「あんな奴、助けることない」「お金がかかる」「時間がない」といった不満はないのか?

たまに決まった額を集金するのは厳しいとか、カンパを強制してはいけない、といった議論になることもあるそうだが、たいていそのとき資金を出せる人が出し、動ける人が動くことで話がまとまるというからうらやましい限りである。

おそらく、資金を出してばかりになる人や、助けてもらうばかりの人もいそうなのだが、そういうことは誰も気にしない。ついでにできる人ができることをするから負担がないのである。そのついでに抜け目なくちゃっかり商売することも忘れない。

だから気軽に助けたり、助けられたりが実現する。

お金儲けや親切をしても権力が得られない

タンザニア商人たちは、「金儲けにしか興味がない。金を稼ぐことはいいことだ。」と言ってはばからない。

その一方、海外で亡くなったアフリカ人を故郷のアフリカに送り帰す活動をはじめ、初心者や短期滞在者の商売の手助けや生活のお世話、また商売に失敗したり騙されたりしてすってんてんになった者や病気になった者、さらには違法滞在で捕まった者のめんどうまでみるという。

これほど充実したセーフティネットがあるだろうか。

おもしろいのは、お金を儲けて富裕者になったからといって、また慈善活動をしたからといって、とくに賞賛されるでもなく、権力が得られるわけでもない点である。

彼らはふだんからごちゃまぜに暮らしている。お金持ちの成功者も一見そうとわからなかったりする。一夜にして転落する者も珍しくない。裏稼業で資金を集め、表の商売で成功する者もあるが、危ない商売から抜け出せない者も少なくない。

信用できるかどうか、いい人かどうかなんて関係ない。誰のことも鼻から信用しない。だが、かかわりを絶つようなこともしない。用心しながら絶妙なバランスでふしぎな連携をしているのだ。

人にはいろんな事情がある。だから相手には踏み込まない。しかし助けを求められたときは、できる限りのことをして助け合う。そこに分け隔てもなければ上下関係もない。

あるのは対等なおとなの関係である。

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