【コロナ危機】瀬戸際・分かれ道の今、どっちを選ぶ?

setogiwa choice

ijmakiによるPixabayからの画像

ここ何日か、趣味の悪い人生ゲームを強いられているような気分。

人とは距離をとらないといけないけれど、今こそ協力しなければこの悪夢から抜けられない。

ルールに従えない弱者に配慮できなければ、あっという間に崩壊。

よくできたゲームである。

優秀で心優しく誠実なリーダーはどこにいる?

「もっと検査を増やせばいいのに。」「ドライブスルーにすればいい。」「一人10万円配るべき。」「感染するのはコワイけど、働かないと生活できない。」

いろんな意見がある。でも、混乱するばかりでまとまらない。

こんなとき、どこかの国のように、独裁的で強いリーダーがちょっとうらやましく思えたりする。リーダーが独断で進めるから早い。もたもたしていっこうにものごとが決まらないところから見ていると、そのスピード感が「いいなぁ」なんて思うのだ。

しかし、独裁的なリーダーのもとにある集団は、スピード以外、問題もけっこう多いようだ。リーダーを恐れるあまり、忖度やら不正隠しやらが横行し、正確な情報がリーダーに届かないのだ。その結果、リーダーは判断を間違うリスクが高まるという。

責任をとる最高位のリーダーは一人でいいが、状況を分析して判断するために協力する人材はできるだけ多様なほうが有利だ。そう頭では理解できても、意見や立場が異なる人とワンチームになるのはそう簡単じゃない。

混乱した不安の中にいると、優秀で心優しく誠実なリーダーはどこかにいないものか、凡人のわたしはつい他力本願。

野村監督的多様性あるチームの可能性

野村監督はよそのチームで戦力外になったベテラン選手や埋もれていた選手の能力を伸ばすマネジメント力に長けていたという。

そのことを、豊橋技術科学大学教授の岡田美智男氏はブリコラージュではないかと述べている。

もともとはフランスの人類学者レヴィ=ストロースの言葉ですが、今はビジネスの文脈の中で少し意味が広がり、「必要な素材がなくても手近にあるもので間に合わせる能力」とか、「あり合わせを集めて問題を解決する能力」といった意味で使われることもあります。

今こそブリコラージュが問われている。

自分に都合よくて、自分好みの人はなかなかいないと嘆きたくなるが、世の中は、ひとりひとり違う個性あふれる人の集まりでできている。

自分の都合とか好き嫌いを別にすれば、おもしろいアイデアを持っている人、財力のある人、調子のいい人、パソコンが得意な人、慈悲深い人、手先の器用な人、容姿が美しい人、体力のある人、賢い人、……多様な個性を持つ人であふれていることは、身近な周囲を見渡せばすぐわかる。

人材不足、スキル不足に人手不足、ないないづくめの岐路にある今、たとえちぐはぐでもひとりひとりできることをして協力しようとするのか、できないとあきらめるのか。

看護師さんたちがクリアファイルでフェイスシールドを手作りしたり防護服を繕ったりしている状況、何とかできないものか。手作りしていいものなら手伝いたい。布マスクの代わりにクリアファイル送ってくれたら作るのにな……。

「パンツのゴム、隙間テープ、クリアファイルでフェイス・シールド」関係者が明かす“医療崩壊”

ラグビーワールドカップのとき、多様な国や文化を超えて、力を合わせる姿に心打たれたのも同じ人間だった。「火事場の馬鹿力」なんていうことわざもある。

意見が違っても、共感できなくても、今はどうにか折り合いながら協力し合って行く道に希望を持ちたい。

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