家族の中で一番スマホを楽しみにしていたのは、何を隠そう配偶者であった。職場でスマホを持たない配偶者は、休憩時間に手持ち無沙汰で疎外感があるのだという。みなスマホを熱心に見ているらしい。配偶者は、スマホの中には、人をこれだけ夢中にさせるだけのきっとものすごくおもしろい世界があるのだと思っていたようである。
苦労してようやく始めたツイッターは
配偶者はツイッターの情報が速いと聞いて、何日もかけてようやくツイッターのアカウントを作った。こうしたことに慣れない配偶者にとって、SNSのアカウントを作るだけでもたいへんおっくうな作業なのだ。
そしてかねてから興味のある団体や人物のフォローをすることになったのだが、まもなくしてぽつんと「ヤフーニュースと変わらん。」と言うのを聞いて笑ってしまった。期待し過ぎである。
いったいみんな、何をあんなに見ているんだろう。スマホ初心者であるわたしたち夫婦は、ほんとのスマホの魅力をまだ知らないのかもしれない。使いこなせるようになる前に寿命が来そうだ。
ただ、お財布もスケジュールもちょっとした記録も、何でもかんでもスマホに置くようになると、見ないでは何もできなくなるというのはあるかもしれない。こんなわたしでさえ、薬や血圧の記録、配偶者のシフトはスマホアプリを活用するようになった。その分、スマホを見る機会が増えている。休み時間にスマホを見るのは、手帳を見ているようなものなのかもしれない。
とはいえ、検索したり作文したりするのは、50代のわたしには、大きなパソコンのほうが断然使いよい。出先でスマホを取り出して、あれこれするなど考えられないのだ。地図でさえ、あらかじめ調べるのには使っても、歩きながら見るなどとてもできそうにない。
やはりわたしにとってスマホは、ちょっと便利なカメラ付き電話なのだ。高性能過ぎてもったいない……。
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