わたしにケータイは不要かも

keitai huyo

わたしが使っているガラケー、2024年にサービスが終了する。オプションをつけてないので、家族間の通話とメール以外割高で使えない。ほとんど時計代わり。

家族間の緊急連絡に必要かと、何となくそのままでいる。

人づきあいが疎遠になるのはスマホがないせい?

スマホを持つ人が増えてきて、SNSで気軽にやりとりできるようになると、メールでさえめんどくさくなるという。学生やビジネスなど、人づきあいが大事な人にとっては、スマホがないから連絡できないめんどくさい人になって、人の輪からはじかれてしまうようなことだけは避けなければならない。

その点、人づきあいがほとんどない50代主婦のわたしにそうした心配はいらない。

でも、連絡がめんどくさい人であることに変わりない。自宅の電話は、迷惑電話予防のため、常時留守番電話になっているし、確実に連絡がとれるメールアドレスを知る人は限られている。これではますます新しい知り合いはできそうにない。

遠く離れた友だちも、パソコンでしかSNSできないわたしとはタイミングが合わない。そのせいかどうか知らないが、自然と疎遠になっている。

わざわざ高価なスマホを常備するのは、人からの連絡を逃したくない一心からくるものかもしれない。

わたしはじわじわ知り合いたいほうなのか、この頃時間のかかるめんどくさい交流も悪くないと思うようになっている。

メールや手紙を丁寧に誠実に書くのも素敵だ。

SNSは相手の反応が気になるが、メールや手紙はSNSほど相手にプレッシャーを与えず、返事がなくてもそれほど気にならない。メールや手紙はスピード感がない分、書き手と読み手ともにゆっくりする時間をくれる。

と言っても、極端に一方的でしつこいのはどんな方法であろうとマナー違反。敬意を持ちつつ、のんびり自分のペースで人づきあいしたい。

スピード感も返事も期待しない便りというのがあっていいと思う。

作文で脳トレ。読書作文教室@みのり

情報は早くて多いほどいい?

インターネットで検索すれば、何でも調べられて便利になった。スマホがあれば地図もいらない。電車の時間や乗り換えもその場で調べられるし、災害や事故の情報収集もササっとできる。

便利になったせいか、何かあるたびに「情報が欲しい」「情報が少ない」「情報が得られない」といった不満や不安を口にするようになった。スマホはこうした欲求をすべて満たしてくれる道具みたい。

その一方で、個人情報の漏洩や誤報によるトラブルも絶えなくなった。

ほんとに情報は早くて多ければいいんだろうか?

早まれば間違うリスクが高まるし、多過ぎる情報は混乱のもとで、案外悪いことも少なくない。

インターネットで情報収集するよりも、日ごろから身近な人とのコミュニケーションに努めていたほうが、いざというとき役に立つこともある。その一方、ツイッターのつぶやきで救助されるケースなど、SNSが非常に役立っている現実もある。

確かに、業務連絡はSNSがいいかも。

多様な暮らしの中で、インターネットとうまくつき合う方法をそれぞれが模索する時代が来ている。

わたしの場合、自宅に自分専用のパソコンで常時接続できる環境がある。でも外出少なくSNSの活用度は低い。

今すぐケータイを手離しても困らなそう。

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