新型コロナ感染症、軽症の人が急変することが頻繁にあるようでビビってます。
日ごろからわりとニュースを見聞きするのが好きなんですが、さすがにこのところコロナ一色で参ってます。コロナのおかげで、日ごろ政治やニュースに無関心な人もいろいろ考えるようになってきている気がします。
多様な意見にとまどったりホッとしたり、強大な意見に納得したり怖くなったり。
批判と非難の間
批判はいいけど非難はよくないなんてことをいう。批判とは、広辞苑によると
①物事の真偽や善悪を批評し判定すること。
②人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。否定的内容の者をいう場合が多い。
ってこれ、非難と変わらない気がしないでもない。非難とは、広辞苑によると
欠点・過失などを責め咎めること。
うーん、全然違うような、でも一緒くたになりそうな。
批判は評価して否定するけど、欠点や過失を責め咎める要素はないってことでしょうか。
ものごとの善し悪しとか、こっちが正しくてあっちは間違ってるなんてこと、ニュースなんか見てるとつい言いたくなるのはどうしてなんでしょうね。一億総評論家時代だからでしょうか。どっちがいいのかよくわからないときでも、周囲を見ながら優勢なほうへ見計らって乗っかるなんてことは日常茶飯事。
後で自信がなくなって、あれこれ調べたりすると、知れば知るほどわからなくなったりして。
そもそも正しいとか善いものがほんとに存在するのか?
このコロナ禍で、そんなことをあらためて考えさせられている。
自分のしたことを否定されたら、責めたくなるのが人情というものだ。
わたしは、批判はよくて非難はいけないという考えには少々疑問がある。批判のどうにも上から目線的な感じが個人的におもしろくないからなんだけど。真に客観的な批判などあり得ない。恰好つけた批判にも、きっとどこか非難がましいところがあるに違いない。いや、愛ある批判もないとは言えないか……。
でもやっぱり批判と非難、区別しがたい。実験や観察も完全に客観的であり得ないように、人は批判と非難の間でウロウロするものなんだと思う。
まあ何にせよ、いろんな意見を言い合えるのは、悪いことじゃない。
なんか意見がごたごたまとまらなくてイライラするときは、そんなふうに思うことにしている。
また読んでみたくなった本
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