経年変化を劣化ととるか味わいととるか

keinenhenka

この頃、気に入って使っているものが古くなっても、新しいものに取り換えようと思わなくなった。気に入ったものほど長く使っているので、同じものが手に入らなかったり、あっても高価で買えなかったり。それ以上のものがなかなか見つからないのだ。新しければそれでいいと思っていた頃もあったのが嘘みたいである。年をとって貧しくなったからだろうか。具合の悪いところをどうにか修理できないか、自分で作れないか、などと考える。それがまた嫌じゃないから不思議。

断捨離で満足してはいけない!

先日、日本人バイヤーがイギリスで座板が抜けてボロボロになった椅子を修理し、おしゃれな生地を貼った座面を作り、塗り直し、アンティーク商品として復活させる過程が紹介されていた。アンティーク文化が根付いているイギリスでも、最近はモノを長く大事に使う習慣が失われてきていて、いいアンティークのものを見つけるのがむずかしいという。

アンティークというと値が付くお宝というイメージがあるが、ただ大事に保管されていたものとは限らない。時代と共に変化しながら、生活の中で長く受け継がれ、使われてきたものたちなのだ。素敵だと思う。

ただ捨てられなくて、いつか使うかもしれないと無駄に持ち続けることは愚かかもしれない。けど断捨離したものは、目の前からなくなるだけで地球上からなくなるわけではない。誰かが有効活用しない限り、断捨離はただゴミを増やしているだけなのだ。

断捨離して片づけるのもいいが、なるべくゴミを出さない生活に努めるほうが大事かもしれない。

長持ちするものは経年変化する

世の中に古くならないものはない。

革なんかは古くなるほど色に深みが出て、細かなしわができてやわらかくなる。生地も使い込むほど毛羽立ってやわらかくなったり、洗うほど目が詰まって締まる。そうした経年変化を風合いが損なわれるという人もいる。そこで、なるべく古くならない加工をしたり、生地なんかはなるべく洗わないとか日に当てないように注意する。いわゆるアンチエイジングだ。

確かにいつまでも若々しくありたい気持ちもわからないではない。でも老化は自然なこと。経年変化を受け入れないことは、加齢を否定するようなものである。

なんて自分とモノをごっちゃにして思うこの頃。長持ちするものは変化する。うつろう環境に合わせて変えてみたり、昔ながらに受け継いだり、おもしろがって生活するのが先行く者のつとめだと思う。

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