働ける、稼げる、出産する、といった生産性で価値を見るのがあたりまえになり過ぎてて、存在そのものを大事にするって意外とむずかしい。
生きてるだけで役に立ってると思えるか
稼げないわたしは役に立たないなぁ、とよく思う。
もちろん、「稼げない人は役立たずだ」と思っているわけではないつもりでいるが、家計を助けることが何より役立つことだと思ってしまうところに生産性中心の価値観がある。
働かない人を働く人と同じように大事に思っているだろうか。
うちの子はフルタイムで働けない。本人も気にしている。母親のわたしは、「元気でいてくれたらいい」とただ喜べばいいところなのだが、同じように不安で憂鬱になってしまうからいけない。
働けないから元気がないのか、元気がないから働けないのか。
父は認知症で、身の回りのことが自分でできない。母をはじめとする介護者のお世話で何とか暮らしている。父には年金があるけど、母は「わたしの年金は少ないから、自分の介護料は支払えない」と不安がっている。
誰もが誰かに助けてもらって生きているというあたりまえを取り戻したい。
何でもかんでもお金で評価するのがいいことみたいになってきて、お金にできないものは価値がないかのように誘導されて、生産し、成長し続けないと存在できない市場主義のパワーに翻弄されてるだけだと知りながら、その中から出られずこのまま消耗するなんて。
お金はお金で大事にすればいい。
でも人間は、自分ができることをして困っている人を助けることが生きる喜びになって、困ったときに助けてくれる人の存在が生きる希望になる。
お金がないならないなりの生き方がしやすい世の中になりますように。
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