質素倹約というと、バブル育ちのわたしなど、どこかみじめな印象しかなかったんです。
このところの先行き不透明なご時世のせいでしょうか。
どういうわけかこの質素倹約という言葉が何やら素敵なことのように語られるようになってきたのは気のせいではありません。
誰も質素倹約しない理由
質素倹約すれば必ずそれなりの資産ができます。
なのにほんとに質素倹約する人はそう多くない。
それは
- 我慢できない。
- 時間がかかる。
からです。
資産家ほどじつは質素で倹約家と言いますが、きっと質素倹約が身についている人が資産家になるんだと思われます。
資産家である本多静六氏は、貧乏の経験者ほど資産家になる素質があると述べています。
貧乏暮らしが我慢できないようでは資産は作れないと言うんですね。
一刻も早くお金を貯めよう思えば、いっそう切り詰めて質素倹約に努めねばなりません。
一方そこそこの質素倹約で貯金した場合はどうなるかというと、こっちはこっちで気が遠くなるほど長い時間、じっと我慢しなければ資産家と言えるほど貯まりません。
このように質素倹約は大した才能や資金はなくてもできるのだけれど、成果を出すには相当の我慢強さがいるわけです。
質素倹約できないとみじめになる!
質素倹約できない人の言い分は、
- そこまで我慢してお金を貯めたいと思わないし、その必要もない!
- 質素倹約しなければならないほど貧しくない!
といったところでしょうか。
だけどそういうの、なんか古臭くなってきたみたい。
無駄なお金を使って見栄を張るのがカッコイイ時代じゃなくなってきたんですね。
見栄なんてはってる場合じゃなくなってきたこともある……。
一番カッコいいのは持ってるのにつましい人みたいですよ。
足りない者は素直に質素倹約できるほうが尊敬されるようになってきたようです。
そんなのあたりまえって思われるかもしれないけれど、かつては質素倹約=ケチとか質素倹約=貧乏=みじめ、みたいな構図が確かにあったんですよ。こういう風潮も流行があるんですね。
質素倹約=みじめ、なんてバカにして質素倹約できないでいると、取り残されてほんとのみじめになるかも。
質素倹約がまだまだ身についてないわたしとしては、危機感を募らせているところです。
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