『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』では、AIには何ができて何ができないかを知ることが大事、というようなことが書いてあるんだけど、自分に関しても「何ができて何ができないか」を考えるのはなかなかむずかしい。
常々「無理をしないで自分にできることをやろう」と思ってるけど、じゃ「自分にできることって何?」って話。
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時間内に何がどれくらいできるか把握する
佐藤優氏の『調べる技術 書く技術』の中には「制限時間内にできる自分のキャパシティを把握する」という項目があって、自分はどれくらいの時間あれば、だいたいどれくらいのことがこなせるかを知ることが大事だという。
わたしの場合、お弁当作りながらごはんの支度をし、洗濯機回して干すのに要する時間ならだいたい見当がつくように、誰でも無意識にやるようなことは自然と時間を見積もっている。
問題はできるかどうかわからないけどやってみたいこと、誰かに任されたことなど、日々発生する新しいことだ。
大抵の人はわからない。
とりあえず一定期間内にできる量をはかるといいらしい。
長期は短期に、大きなことは小さなことに区切る。
たとえば書くことだったら1時間とか1週間に書ける量をはかるんですね。
そうやって自分がこなせる量を知る。
たとえばわたしのブログ運営の場合、毎日更新する人もいるし、凝った画像やデザインが魅力的なブログもあるし、個性的な私生活を表現したり、特殊な知識を活かしておもしろい記事を書く人など、多種多様なやり方でみなさんがんばってて、見てるとほんと翻弄されるんですよね。
取り入れられることは全部やらないといけないような気分になる。
でも、自分も負けじとキャパシティ以上のことをやろうとしても、心身を壊して続けられなくなる。ブログも理由はさまざまなんでしょうが、1年以内に大半の人がやめると聞きます。
自分にできることを発揮するには、自分ができないことを知って受け入れることも大事なんですね。
「できないからダメ」とか「向いてない」と思うのは簡単。でも、わたしぐらいの年になると、数少ないできることを放り出し、ほかのことにいろいろ手を出す時間はもったいない。
できる範囲のことを続ける中に生じるゆとり的なところで忍耐して試行錯誤して、ようやく成長していけるものなのかも。
勇気を持って自分ができないことを把握したい。
資金を把握する
お金も大事なんですよね。
今の世の中、お金がなくてもできること、残念ながら限られてます。
「お金がないからできない」「借金してでも先行投資が必要」などといろんな人がいろんなことを言うけれど、今あるお金でできることを考えたほうが現実的。
お金がたくさんないとできないことをしなくても、できることは必ずある。
わたしは作文教室の場所をいろいろ考えて自宅にした。もちろんリフォームもしない。
お金をたくさんかけると無理しないといけなくなる。お金はないぐらいのほうが知恵を絞るからちょうどいいのかも。
「ごみゼロ」の町で有名な徳島県上勝町がゴミの分別を徹底し、リサイクル80%を実現するようになったのも、もとは財政難がはじまりだったと言います。
というわけで、資金がどれくらいあるのか、正確に把握することは重要。
家計を預かる主婦の場合、事業資金と家計のお金を混同しないように注意。
お金もキャパシティを超えると心身を破壊する原因になる。
責任を持って自由に使える資金の額を知っておこう。
ご縁を大事にする
ふつうの主婦と言いながら、あっという間にNPO法人を立ち上げたり、SNSでグループを作る人がいます。うらやましい。
女性は一般的に共感性が高く、かつて助け合って集団で子育てしていた頃のなごりで社交的な人が多いのだとか。
わたしはまったく当てはまりませんが、人間関係は大事です。
ときにめんどくさく、ときに厄介なトラブルのもとになったりする人づきあいですが、人間やっぱり孤独が一番のリスクだからです。
距離感や人数はともかく、自分なりのやり方で人と向き合い、助け合える人の存在は、自分が生きていく上での安心感になります。
先日、もう連絡がとれないと思っていた小中学校時代の幼なじみからメールが届いて大喜びしました。わたしが筆不精で年賀状のやり取りもしなくなって音信不通になってたんです。思い切って「よかったらメールください」と手紙を出したんですが、住所が変わっていたら届かないなぁ、と半ばあきらめてました。
遠く離れ、まったく別の人生を歩んでる幼なじみですが、やっぱり昔からの知り合いというのは、いろんなことが話しやすいものです。年とってから同窓会が盛んに行われるのもわかる気がします。
何かしてもらおうというのでもなく、何かしてあげられるわけでもないけど、縁のある人を大切にすることは、人生豊かにしてくれます。
それに自分に「何ができて何ができないか」、教えてくれるのは自分以外の人ではないかと思う。
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