作文教室で

sakubun kyoshitude

作文教室は年齢を問わないが、やはり小学生がほとんどである。

就活や受験といった目的であせってやって来るおとなをみるたびに、子どもの時から書き慣れておく重要性をつくづく感じる。

作文は案外学校では教わらない。

片づけや掃除は誰からも教わらない。確かこんまりさんがそんなことを述べていたような。

作文もどういうわけか誰でも書けることが前提で、文字を習うようには教わらない。

はじめから誰に教わるでもなくうまく書ける子もいれば、まったく手も足も出ない子がいる。そういうところ、絵と似ているかもしれない。

小学生の苦手は当てにならない。

聞いてみると、学校でもほとんど作文を書いたことがないという子が少なくない。なのにいきなり書かされるものだから、作文は苦手だという。

わたしの頃は、何か行事ごとがあるたびに、日記や作文を書かされていたように思うのだが、今はそんなことはしないようだ。先生も子どもも忙しくなって、そんな悠長にしている時間はないのかもしれない。

作文教室では、書くことと同時に読む習慣をつけてもらうことにしている。作文で書く書き言葉は、読んで学ぶのが一番だからだ。小学生には図書の時間もある。もしかしたら生涯で一番読書しやすい時期かもしれない。読書が好きとまでは言えなくても、嫌いな子が少ないのもこの時期ではないかと思う。とくに読み書きが苦手な特質でもない限り、小学生は作文も読書も、ほんとは嫌いになることはないのがふつうなのだ。

小学生は、作文や読書を好きになるかどうかを決定する大事な時期かもしれない。

作文は教えなくても勝手に伸びる

作文はどう書けばいいのかわからないままでいると、嫌いになる可能性が高いように思う。

でも、作文教室では作文の書き方を教えているわけではない。それぞれがはじめから持っている体験エピソードや思考を引き出すお手伝いをしているだけなのだ。

会話文の書き方とか表現技法といったテクニックなんか知らなくても、おもしろい素敵な作文を書く子はいくらでもいる。だからといって、特別変わった体験や個性がなくてはいけないなんてこともない。つたない表現はかえって胸を打つし、よくある日常にほっこり和まされることは数知れない。

大事なのは読み書きが苦にならないことだ。そうすれば自然に読み書きを楽しんで、勝手に伸びるからふしぎである。そんな子どもたちを見ていると、わたしもうれしくなる。

おとなになるにつれ、見栄とか建前が邪魔をして、素直に読み書きできなくなることもあるけれど、きっと読み書きすることで救われることもあると信じたい。

作文教室で、そんなこんなお手伝いを細々ながらできることをありがたく喜ばしく思っている。

200927minori

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